1929

飛行船「LZ127:グラーフ・ツェッペリン」(通称「ツェッペリン伯号」)が霞ヶ浦飛行場に着陸


ツェッペリン伯号

ツェッペリン伯号のエンジンには、機体の総重量を軽くするため、重い液体燃料ではなく「ブラウガス(オレフィン系炭化水素、パラフィン系炭化水素及び水素を主成分とするガス)」というガス体燃料が使われていた。米海軍当局より燃料供給を委託されたカーバイド・アンド・カーボン・ケミカルズ社(現ユニオンカーバイド社)は、同社の「パイロファックスガス」を日本へ送り、そこで水素ガスと混合して飛行船用の燃料として供給することで対応した。

この「パイロファックスガス」は、同社が米国内で炊事用に製造・販売したガスの製品名であるが、成分としてはプロパンガスであったことが後に判明する。これがわが国で初めてLPガスが使用された事例となった。